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   <title>田口ランディのコラム集</title>
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   <published>2008-09-02T22:27:46Z</published>
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   <summary>「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」田口ランディ著　幻冬舎文庫 このコラム集は＜Ⅰ...</summary>
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      「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」田口ランディ著　幻冬舎文庫
このコラム集は＜Ⅰもう消費すら快楽じゃない彼女へ　Ⅱ生きるためのジレンマ　Ⅲ世界は２つある＞という３つのジャンルに分けて、それぞれ８～１０編からなるコラム集です。

ランディさんは、今のようにブログが大流行になるずっとずっと前から、ネットで私信を発信し、有名になった名コラムニストです。
とても文章が読みやすく、短い発信のなかにでも、とっても深い思いが潜んでいてとてもひきつけられます。

今回はそのなかで、＜Ⅲ世界は２つある＞の中に収められた「夜明け」を紹介したいです。

著者には、生まれながら盲目の友人がいました。＜＞内は原文。
＜・・彼は本当にプロの盲だったよ。彼の生活は完璧で、美しかった。何一つ欠損を感じさせなかった。その物腰も、話し方も、明晰でセンスのよい青年そのもので、その動きは計算されていて、隙がなく、生きていることの緊張感に溢れていた。・・＞
ある日、偉い先生から見える可能性があるから手術を勧められる。周りの者はそれが良い事だと喜び、こぞって手術を薦め、彼は迷いながら決心し手術を受けて見えるようになる。
ところが彼にとって現実の見える世界は、予想に反して醜悪で苦痛でしかなかったという。
彼は＜完璧な盲人だったのに、今では不完全な健常者になった。＞のである。
彼は毎日、イライラしながら過ごしていたが、夜になると暗闇の中で、ホッとするのであった。
ある夜、一晩中、堤防に座って海の音を聞いていたら、暗闇の中から、世界が少しずつ光を帯びていくのがわかった。
彼は、はじめて見えなかった時のように、心に安らぎを感じ、「ああ、見えるということは、これか。これでいいんだ」と思い始める。
＜夜明けは彼の人生の象徴だ。闇に光が差す。＞
彼にとって手術したことが幸せだったのか不幸だったのか分からないけれど、夜明けの光のなかに希望を見つけるにちがいないと著者は信じている。

８月９日の、私の本棚で紹介した、「生きています、１５歳」の、５００グラムで産まれて、未熟児網膜症で盲目になった美由紀ちゃんの話で触れたように、盲目は欠陥ではない。個性なのだから、わざわざ個性をつぶして、目が見えるように無理にするのは、必ずしも最善の道とは限らない、ということを又思いだしました。

      
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   <title>生かされて</title>
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   <published>2008-08-26T06:35:34Z</published>
   <updated>2008-08-26T06:39:42Z</updated>
   
   <summary>「生かされて」　イマキュレー・イリバギザ著　PHP出版　 １９９４年4月。ルワン...</summary>
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      「生かされて」　イマキュレー・イリバギザ著　PHP出版　
１９９４年4月。ルワンダで起ったフツ族ツチ族という民族間の闘争が引き起こしたジェノサイド（大量殺戮）のことを、どれだけの人が知っているのでしょう。100日間で100万人が殺されたのです。それは私の記憶に新しい６０００人が亡くなった阪神大震災の1年前という最近のことです。

この本はその壮絶な戦いから生還したイマキュレー・イリバギザさんの手記です。

地震や台風などの災害による犠牲者ではありません。人間による同じ人間に対する殺戮です。原爆のように一瞬で殺されるのでもありません。耳・鼻・手足・頭を大鉈で切られレイプされ殺されるのです。昨日まで友だちだった人、昨日まで信頼しあった兵士でもない普通の人が殺人者に早変わりするのです。
ツチ族のイマキュレーさんはフツ族に捕らわれて殺されて当然という状況の中で、その3ヶ月間、奇跡的に、小さなトイレに7人の女性が折り重なって匿われ、ぎりぎりのところで開放されて生き残ったのです。
彼女の両親兄弟は外国に留学していた兄一人を除き、顔見知りであった人々も交わるフツ族の人々に全員が惨い殺され方をします。

後日イマキュレーさんが現地を訪れた時、父を殺した首謀者がイマキュレーさんの前に引きずり出されました。彼はかって立派なフツ族の実業家で、イマキュレーさんの家族もよく知っていた人です。イマキュレーさんは悲しみで胸が潰れる思いにとらわれながら、ぼろぼろになってうずくまる殺人者の手に触れ、口に出た言葉は＜＜「許します」＞＞でした。

この本は“許し”の本です。
ブログ「私の本棚」で4月２３日に取り上げた「白夜行」（親が理不尽な殺され方をした子供の復讐小説）の紹介文の中で私は「許し」という言葉に触れました。

「許し」というのは、戦いにおける最高の「切り札」だと私は思います。死んで生きるための切り札です。
死んだら終わりという無宗教者や無神論者にとっては「許し」は負けになるのかもしれません。

カトリック教徒の私にとってはインパクトのある感動の書でした。
私の信仰心の薄さを、しっかり自覚させられましたが。

      
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   <title>晩年</title>
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   <published>2008-08-19T01:59:18Z</published>
   <updated>2008-08-19T02:26:37Z</updated>
   
   <summary>「晩年」　立松和平　著　人文書院 この本は、著者の周りをとりまく人達が迎えた彼岸...</summary>
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      「晩年」　立松和平　著　人文書院
この本は、著者の周りをとりまく人達が迎えた彼岸への旅日記の短編集です。

8月１６日孫達ゲストを送り出して、読書の時間をやっと取り戻し、私が紐解いた個所が題名＜盂蘭盆＞でした。
キリスト教者の私は、この歳になるまで故郷京都の五山の送り火を、意味も深く考えぬまま綺麗だなあと見ていたのでしたが、なんてもったいないことをしていたのかと思いました。

仏教の教えでは、人は死ぬと、この世である此岸（しがん）からあの世である彼岸（ひがん）に旅をする。といいます。
彼岸は阿弥陀如来の極楽浄土で十万億土の彼方にあるらしい。彼岸に旅立つ準備期間が４９日であるらしい。

8月13日に、普段は彼岸に住んでいる亡くなった縁者が、極楽浄土から娑婆世界までの十万億の仏国土を超えて、この世にやってくる。
まだこの世にいる人はお墓に行って霊を迎え家の仏壇に導く。霊は３泊３日迎えてくれる家に留まり,又帰っていく。のだそうです。

人は死んでも極楽はなんせ遠いものだから、すっと行けるのでなくこの世で悪いことをした人は道中途中で往生出来ず苦しむ。その悪を払うのは本人、否、本霊では出来ず、この世にいる人が救ってあげなければならない。のだそうです。
先祖の霊が無事に極楽浄土に行き着いているかどうか？
仏教の本ではないので、そこまでは詳しく書かれていない。

そういえば、カトリックでも死ぬとまっすぐ天国に行くのではなく煉獄で試練を受けなければならないとも教えられていますわ。

＜＜・・・さんは死んだ。・・・さんは認知症になったと、私が顔を知っている近所の人について母は語っていた。普段母は一人暮らしをしているためか、おしゃべりをすると止まらない。私は黙って聞き、時々相槌を打つ。一人ずつ順番に、確実に欠けていくのがわかる。家を出ると、遠くにいってしまって帰れなくなる奥さんの話を、母はしている。世間ではその人を認知症による徘徊老人というのだが、今まさに十万億土の浄土に向かおうとしている希望に満ちた人のようにさえ思えた。＞＞　（本文より）

著者はこの本で、＜＜時の流れとともに、人々は列をなして冥土へと向かう。もちろんその列に私もいつかは加わるのであるが、この世に在る間は、一人一人を惜別の念とともにていねいに見送りたいと願い、この短編集を書き始めた。＞＞と言っている。

この本をよんで、仏壇も持たない私は、これまでに見送った人々のことをしみじみ懐かしく思い出したのですが、送り出したあの人たちは天国から私を見守ってくれていると安心して信じていたけれど、ひょっとしてまだ煉獄にいるかもしれないと慌てて祈ったことでした。

お盆を迎えていたので、この項目を選びましたが、あとの２８編は、死んでいった父親や友人の生涯を愛情深く丁寧に書かれた感動の書でした。

      
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   <title>生きています,15歳。</title>
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   <published>2008-08-09T11:03:49Z</published>
   <updated>2008-08-09T11:04:53Z</updated>
   
   <summary>生きています,15歳。　井上美由紀　著　POPLAR 井上美由紀さんは、頭は卵ぐ...</summary>
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      生きています,15歳。　井上美由紀　著　POPLAR
井上美由紀さんは、頭は卵ぐらい指はつまよう枝位の手のひらにすっぽり納まるちっちゃな赤ちゃんで生まれました。５００gという超未熟児で、未熟児網膜症に罹り全盲となりました。

全盲というハンディを背負い母親と二人三脚で15年。その生き様を「母の涙」という題で弁論大会で話し、全国盲学校弁論大会で優勝するまでに成長した道のりの手記です。

美由紀さんのハンディは全盲というだけではありません。美由紀さんがお母さんのお腹にいる時結婚の約束をしていた父親が突然交通事故死をし、そのショックで母親は早産して、彼女は未婚の母に育てられたのです。
父親の両親からも母親の親からも断絶され完全に二人ボッチの出発でした。

目が見える人ばかりで形成されているこの世界で、全盲の子が生きていかねばならないのです。
母親はこの現実を「尊い娘の命を授かった」という喜びと感謝で受け止め、娘がこの世界で自立していけるように、子供自らの努力と、距離をおいた手助けだけで、自立を身に付けさせるための子育てに徹するのでした。

傍の人からみると,又娘にとっても「鬼母か、、。」と思われながら娘を新しい挑戦に挑ませ、目的を一つ一つ達成させて娘に「自分でゲット出来た喜び」を味あわせてあげながら育てるのです。

例えば、自転車に乗れるようになるための特訓。立木や看板にぶつかったりして何度も何度も転んで血だらけになりながら自転車を起こしては頑張る娘に対し、母親はベンチに座って、「はやく起きなさい。ハンドルをちゃんと持って！」と叫ぶだけなのです。娘は「なんちゅう親か。それでも母親か」と悪態をつきながら30回ぐらい試すうち、＜ふっとスイスイ風を切って走っている自分＞に気がつくのです。
そして親子で泣きながら抱き合い、母は「美由紀。よく頑張ったね。なんでも根性やろ。やろうと思ったらできるやろ。」と誉めます。
一つづつ自分の力で、出来ないことが出来るようになったことの喜びを身に付けさせてあげることを繰り返します。

美由紀さんの逞しさには感動するばかりですが、どちらかと言うと母親の確固とした子育てにたいする考え、と情熱が娘をここにまで育てることが出来たんだろうと思います。

全盲ということは一つの特徴・個性であり、健常者と全く変わらない＜一人の普通の人間＞であることを母親はしっかり認識し、全盲であるために不自由なことは工夫しながらクリアー出来る方法を自分で見つけ出せるようにする手助けをすることに徹っせられた姿には感動しました。

私たちラリグランスクラブでサポートしているネパールの全盲のマドゥさん、ルパック君、シャルミナさんと付き合っていくときに忘れてはならないことをたくさん気付かせてくれた本でした。

      
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   <title>密やかな結晶</title>
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   <published>2008-08-01T09:56:37Z</published>
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   <summary>密やかな結晶　　小川洋子著　講談社文庫 舞台は、例えばイギリスの郊外の森林や田園...</summary>
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      密やかな結晶　　小川洋子著　講談社文庫
舞台は、例えばイギリスの郊外の森林や田園や古い街並みをしっとり感じさせるような、ある架空の島での出来事です。

そこの島では、秘密警察によって、ある日突然強制的に物の存在が失われ、人々の頭からもその記憶が失われて人々の頭の中はその部分が空白になっていく。
島からなくなっていくものは小鳥であったりリボンであったりバラの花であったり小さいけれど掛け替えのないものである。
失われるものは、その日の朝突然、秘密警察から島の住人に告げられ、人々はそれを家から持ち出してきて川に捨てる。秘密警察はそのものを隠している可能性のある家にどかどか土足で踏み込み家中からそれに関わるものを押収しゴミ袋にいれ持ち去る。
剥奪された人々は見る見るうちに捨てられたものの記憶を失ってしまう。
中には記憶を失わない人もいてその場合は記憶狩りの秘密警察に捕らわれどこかに連行されてしまう。
島では物がなくなる速度と作り出される速度の差が広がり島からは活気が失われてゆく。
さて結末は、、、、、？

著者は中学生の時、ゲシュタポに連行され殺されたアンネ・フランクの日記を読んで感銘を受け小説家になるきっかけになったと、どこかで読んだことがあります。

地球に生きる（存在する）ものが私欲にかられた権力でもって強制的に抹殺される恐ろしさを、著者は鎮めた口調でファンタジックに記述する。

しみじみ考えさせられる良書でした。



      
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   <title>黄いろいボール</title>
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   <published>2008-07-22T10:53:50Z</published>
   <updated>2008-07-22T10:54:54Z</updated>
   
   <summary> 「こわがっているのはだれ？」　フィリッパ・ピアス著　高杉一郎訳 またピアスです...</summary>
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「こわがっているのはだれ？」　フィリッパ・ピアス著　高杉一郎訳
またピアスです。
「黄いろいボール」は「こわがっているのはだれ？」　の短編集の中の一つです。
この短編集は幽霊が主題になっています。
「黄色いボール」に出てくるのは犬の幽霊です。
コンとリジ-という幼い姉弟が、いつも遊んでいるカエデの古木の洞から、ある日偶然に黄色いボールを見つけます。そのボールで遊んでいると、何かサ～と目の前を横切る影に二人は気付きます。それは犬の幽霊でした。
きっとその犬は、二人が住むずっと前に、いつもその黄色いボールを追いかけて遊んでいたのでしょう。

不思議で怖いお話だけれど、その世界には死んでも生き続ける魂が浮遊し、大ヒットした「千の風にのって」の歌を思い出させる、何かしみじみ考えさせられた短編集でした。

訳者のあとがきによると、ピアスは「私は、スーパーナチュラルの話を書くのが好きです。それは読む人の、恐怖心を書き立てるような話と、スーパーナチュラルの手法を使って、現実の奥の深みにある実体に触れていく話があります。私はスーパーナチュラルの手法を使わない限り、物語で人間のかかわりあいを深く探ることは出来ないと幾たびとなく考えてきました。」と話しておられたそうです。

今私は木々に囲まれた蓼科の古びた山荘で生活しているのですが、今日もテラスで本を読んでいると、苔むした岩の後ろから4年前に死んだ愛犬が顔を出してじっとこちらを見ているような気がして、ふ～と懐かしさがこみ上げてきました。それで夏休みにやってくる小さな孫達のために下草を刈り、木登りやハンモックで楽しめるように山荘の周りを整備したのでした。朽ち果てそうになっている犬小屋はそのままにして。

      
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   <title>ピアス短編集</title>
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   <published>2008-07-11T03:20:45Z</published>
   <updated>2008-07-11T03:24:23Z</updated>
   
   <summary>ピアス短編集：まよなかのパーティ　　フィリッパ・ピアス著　猪熊葉子訳 元小学校教...</summary>
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      ピアス短編集：まよなかのパーティ　　フィリッパ・ピアス著　猪熊葉子訳

元小学校教諭Yさんが体調を崩してしまい、何年ぶりかで読んだフィリッパ・ピアスの本で癒されたと聞いたので早速図書館で「ピアス短編集」を見つけて読んだ。

フィリッパ・ピアスは児童書作家として有名だそうだけれど私は知らなかった。１９８５年に出版された本だけれど今作者が存命なのかどうかも知らない。
いずれも作者が育ったイギリスのケンブリッジにほどちかいグレート・シェルフォードという所の田園での生活が舞台で、日々冒険の中から成長していく子供を中心に分別ある大人を脇役にして展開される。

８つの短編が集められているが私は中でも「川のおくりもの」が面白かった。
１０歳ぐらいの男の子ダンとロンドンから遊びにきた7歳ぐらいのローリーという従兄弟の話である。

生物好きのローリーが来るといつも遊んであげる小川で今回も二人で遊んでいると、珍しいイシガイをダンが見つけた。珍しい生き物を見つけた時の感動や、所有権にまつわる可愛らしい取引、年長者ダンの気持ち、弟分の気持ちなどがごく普通に淡々とえがかれている。

ローリーはいつも、川で見つけた川えびなどをジャムのビンに入れてロンドンに持って帰り、水槽で飼っている。ダンは見つけたイシガイをローリーにあげるとは言ったものの惜しくなっている。
そのへんの子供の心理がとっても可愛らしくかかれていて感動しました。

この本は児童書の分野だけれど子育てに関わる大人が読むほうが面白いのではないかな。
10歳の孫達とその親に贈って反応を見てみよう。

この舞台になっているグレート・シェルフォードは現在も豊かな田園が広がっているのだろうか？
昔の子供たちが自然の中から学び成長していったように、今の子供たちが豊かに育っていくための舞台はどこにあるのかしら？





      
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   <title>クアトロ・ラガッツィ</title>
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   <published>2008-07-03T01:17:42Z</published>
   <updated>2008-07-03T01:19:23Z</updated>
   
   <summary>「クアトロ・ラガッツィ」　若桑みどり著　集英社文庫（上下） 信長の時代にローマを...</summary>
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      「クアトロ・ラガッツィ」　若桑みどり著　集英社文庫（上下）
信長の時代にローマを目指した「天正少年使節」についてはずっと関心があった。
新聞でこの本が、＜昨秋突然逝った著者の大佛次郎賞を受賞した懇親の作であり、天正少年使節にまつわる壮大な叙述＞と紹介されていたのですぐ飛びついた。

文庫本とはいえ分厚い上下巻で、その上肝心の４少年について各個人の記述は少ない。しかし当時の東西世界の時代的背景・西洋文明と日本文化と権力者の精神的葛藤を膨大な資料を読み解き示しながら4少年の生き様を読者の心にくっきりと浮かび上がらせる技法は見事で凄い本です。

日本の戦国時代末期と帝国化していく世界とがどのような形で邂逅していくのかがリアルに分かり私にとって新しい知識の発見に胸をドキドキさせられ読み進めるのが惜しくなるような感動の本でした。

ただ宣教師の名前や日本の大名の名前とその血縁関係者の名前が漢字の読み方が難しかったりしてややこしい。日本人でも洗礼名で書かれていたりするとそれもややこしい。
だから紙に登場人物と年代を書きながら読みました。



      
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   <title>走ることについて語るときに僕のかたること</title>
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   <published>2008-06-26T08:07:13Z</published>
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      「走ることについて語るときに僕のかたること」村上春樹著　文芸春秋社
村上春樹氏の作風から天才的（物語が身体から湧き出るように出るのを文章にまとめていく）作家かと思っていたのだけれど、彼のエッセイなどを読むと小説家という職業人であるらしいことが分かってきた。

彼が小説家になろうと決心された時からずっとマラソンを続けてこられたとはこの本を読むまで知らなかった。
この本は＜小説を書く＞という頭をハードに使う仕事の癒しのためにマラソンを続けてこられた記録である。

疲れを癒すには、身体をリラックスさせて休息するのが一番と思っていたが、仕事と違うジャンルのものに没頭することも疲れをとる手段なんだと納得させられた。

マラソンのようなハードな趣味に没頭させるほど小説を書くことは彼にとってハードな仕事なのだとも思わされて妙に感心させられてしまった本でした。



      
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   <title>蛙男</title>
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   <published>2008-06-09T14:23:29Z</published>
   <updated>2008-06-09T14:25:21Z</updated>
   
   <summary>「蛙男」　　清水義範　著　　幻冬舎 清水義範さんのファンです。 彼の小説は、普段...</summary>
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      「蛙男」　　清水義範　著　　幻冬舎
清水義範さんのファンです。

彼の小説は、普段見落とされがちなもの無視されるもの不運な人のこと等に焦点をあてて、読者を驚かせ楽しませるところが面白いのです。

この「蛙男」も私にはけっして思いもつかない発想で驚かされた。
私に見えているものは他人も同じように見えているとどうやって証明できる？
自分に見えるのに他人には見えないものがあるかもしれないと思いませんか？

主人公の滝井道典はある日鏡に映った自分の顔色が悪いのに気付く。
疲れがたまったかなと放っておくうちある日自分の手が緑色になり蛙の手のように変わってしまうのに気付く。
ずっとではない。時々である。
その後その変化が体中に広がるのだけれど他人からみれば何の変化もないらしい。
それがどんどんエスカレートしていって、、、。
という話です。結末は？怖い、、。

「現実に起こりうるわ」と思わされ引き込まれるのだけれど、やっぱり現実的には起こらないだろうと「ふ～っ！」と息をつかせるすごく面白いお話です。

      
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   <title>受験のシンデレラ</title>
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   <published>2008-06-04T11:41:28Z</published>
   <updated>2008-06-04T11:47:31Z</updated>
   
   <summary>「受験のシンデレラ」　和田秀樹　著　小学館文庫 主人公の卒業した学校が、ウチの近...</summary>
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      「受験のシンデレラ」　和田秀樹　著　小学館文庫
主人公の卒業した学校が、ウチの近所にある全国１の東大進学校「灘校」で、映画化もされ話題になっているこの本を友だちが面白かったというので読んでみた。

主人公五十嵐は灘校から現役東大の医学部に進学したのだが医者にはならずに東大進学塾を立ち上げ「受験界のカリスマ」と呼ばれ莫大な富も名声も手にしていた。しかし親友の医師からガンで余命1年半と宣告を受ける。
そんな時高校を中退し学力もなく荒んだ生活をしている少女に偶然出会うことになり、残りの人生で彼のあらゆるテクニックを駆使して彼女を東京大学に合格させようと決心する。
そして2年。見事少女を東大合格に導き命を終える。

この本は、プロ野球選手を目指す「巨人の星」のような根性物、又は究極のゴルフ上達方法というようなハウツーものと同列のものだと思った。

この本では目指すものがプロのスポーツ選手ではなく東大合格であるのですが、目的達成の為ののめり込みようや技の取得方法はスポーツのトレーニングも受験勉強も同じなんですね。
東大を目指し進学校（塾）で勉強勉強に明け暮れるのと、プロサッカー選手を目指しスポーツ推進校とかでサッカーに明け暮れて過ごすのとなんら変わりがないんだと気付かされた。

孫にはプロの選手になるより楽しくスポーツをさせたいと思うし、東大でなくても身の丈に合った大学が良いと思うし、それは世間一般の人の考えと思うのですが、この本がベストセラーになった理由は何なんでしょうか？

目的達成の過程で学ぶべき精神的葛藤のようなものもありますが、目的が私にはあまり縁がないので役に立たない本でした。


      
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   <title>誇りを持って戦争から逃げろ！</title>
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   <published>2008-05-16T07:52:25Z</published>
   <updated>2008-05-16T07:55:12Z</updated>
   
   <summary>「誇りを持って戦争から逃げろ！」　中山治著　ちくま新書 近未来には戦争に巻き込ま...</summary>
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      「誇りを持って戦争から逃げろ！」　中山治著　ちくま新書
近未来には戦争に巻き込まれるだろう日本について真剣に考えさせられた本でした。

報道で知らされる世界情勢を見聞きするたび、又、ネパールから戻るたび、「日本は平和でいいわ～！」といつも思ってきました。
それは日本国憲法9条の戦争放棄の取り決めがあるからこそ今の平和があるということがこの本を読んでよく分かりました。
そのことは私も絶対その通りだと思うし断固改正には反対の立場です。
しかし著者も言っておられるように「断固として改正反対！」と叫んでも愚かな政治家によって恐らく憲法は近未来に改正されると私も思います。そして日本はアメリカに利用されて戦争に巻き込まれ多くの若者が他国で傭兵として戦わされアメリカのために命を落とすでしょう。

では「戦争に荷担するのはいやだ」と思っている者はどうすればいいのか？
著者は＜逃げること＞だけが我々に残されている最善の誇り高き解決策だと述べておられます。
「サウンド　オブ　ミュージック」のトラップ一家のようにとおっしゃいますが、そんなん無理ですわ。
日本は島国だし、、。

じりじりと政治的にも経済的にも非常に危険な時代を迎えるのは誰の目から見ても明らかです。
息子達には権力者にいいように利用されることなく、この時代を生きぬいてもらわないと心配なので、読ませなくちゃと思い2冊取り寄せました。

日本中の人々に読んでもらいたいと思った本でした。

      
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   <title>深泥丘奇談</title>
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   <published>2008-05-05T12:40:04Z</published>
   <updated>2008-05-05T12:43:47Z</updated>
   
   <summary>「深泥丘奇談」　　綾辻行人著　メディアファクトリー発行 新聞で紹介されたのを見て...</summary>
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      「深泥丘奇談」　　綾辻行人著　メディアファクトリー発行
新聞で紹介されたのを見てすぐ買いました。
京都に私が子どもの頃からよく知っている今でも独特の風情を残している深泥池（ミドロガイケ）というところがあり、その近辺で起こるシュールなミステリーというのが面白そう、、と思ったからです。
帯には、＜作家が住まう“奇妙な京都”を舞台に、せめぎあう日常と超常、くりかえす怪異と忘却、、、。
読む者にも奇妙な眩うん感をもたさずにはおられない、たぐい稀なる怪談絵巻。＞とあります。
まず本の装丁が凝っていて素敵、イラストが何ともいえない雰囲気をかもし出す墨絵でしかも可愛い。
こわ～い話ではあるけれどユーモアがたっぷり。
深泥池が深泥丘。比叡山が紅叡山。五山の送り火の大文字山が人文字山。怪しい病院が舞台になっているが、私はあの辺に、今では差別用語で口に出来ないが＜気狂い病院＞とヒソヒソ言っていた病院が昔あったことも知っている。
つまり京都のあの辺のことを知っている読者は倍は楽しめます。
それぞれ関連させながらの短編９編からなりますが、サムザムシという話が一番面白かった。
これから読む人のために内容は言いませんが虫歯のムシがヒント。
綾辻行人という作家を知らなかったけれどファンになりました。他の本も読んでみたい。

      
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   <title>愛のひだりがわ</title>
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   <published>2008-05-02T11:35:30Z</published>
   <updated>2008-05-02T11:37:47Z</updated>
   
   <summary>「愛のひだりがわ」筒井康隆著　岩波書店 日本の、否、地球の未来は暗いという思いが...</summary>
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      「愛のひだりがわ」筒井康隆著　岩波書店
日本の、否、地球の未来は暗いという思いが強くなってきています。
この本の時代背景は何年か後の荒廃しきった日本です。
荒廃の有様はとてもリアルに描かれてあります。警察は役に立たずみな生きるために自警団を作り銃で身を守るような世の中です。
ご多分に漏れず不幸を背負った小学生の愛ちゃんが母に死なれ孤児になり何年か前に母娘を捨てていった父を求めて一人で旅に出る物語です。
危険がいっぱいの旅だけれどいつも危機一髪で誰かに守られる愛ちゃん。
スリル満点、怖いけれど夢と救いのあるいいお話で感動しました。
小学生の孫にも是非読ませたいなと思ったのですが、気が付くとちゃんと漢字にカナがうってあります。
児童書だったのですね。
こういうのが大人のための童話というのでしょうか。
お勧めです。

      
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   <title>白夜行</title>
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   <published>2008-04-23T12:33:59Z</published>
   <updated>2008-04-23T12:35:33Z</updated>
   
   <summary>白夜行　東野圭吾著　　集英社 またまた東野圭吾のミステリーを図書館で見つけて借り...</summary>
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      白夜行　東野圭吾著　　集英社
またまた東野圭吾のミステリーを図書館で見つけて借りてしまった。

これも「流星の絆」と同じく2人の子供（小学6年）の復讐劇である。
この本は帯に書いてあるように＜二人の周囲に見え隠れする、幾つもの恐るべき犯罪。・・・息詰まる精緻な構成と、叙事詩的スケール。心を失った人間の悲劇を描く、傑作ミステリー長編！＞。
そのままずばりです。

時代は１９７３年から１９９０年。私の息子達が生まれて大学生になった頃まで。
私達のような幸せ家族の影にもこういう訳有り家族も生活していたとはその頃の私は情けないことに気付かなかった。

高度成長の始まりから終焉にかけての話でコンピューターが使われ始めたと同時に悪の先取りというか企業秘密の漏洩がからみとても面白い。
最近のミステリーにはあまり出なくなったタバコの煙をゆるがす刑事。携帯電話はまだなくもっぱら電話。

超過酷な体験を強いられた子ども達からの復讐劇なんだけれど＜＜許し＞＞という姿がないのが気になる。
それは私のように復讐にとらわれるような体験をしていない者の気楽な考えなのかもしれない。
それに許しが出てくるとミステリーの面白さも半減するだろう。


      
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