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1)小説 アーカイブ

2008年02月04日

疾走 重松清著

「疾走」(上・下) 重松清著 角川文庫
話の要約は本の表紙裏に書かれたものを写します。
<<広大な干拓地と水平線が広がる町に暮らす中学生のシュウジは、寡黙な父と気弱な母、地元有数の進学校に通う兄の4人家族だった。教会に顔を出しながら陸上に励むシュウジ。が、町に一大リゾートの計画が持ち上がり、優秀だったはずの兄が犯した重大な犯罪をきっかけに、シュウジ一家はたちまち苦難の道へと追い込まれる、、、。15歳の少年が背負った苛烈な運命を描いた小説。>>

平穏無事な生活をしていても、家族の歯車が一つ外れたために次々と難題が連鎖し底なし沼に引きずり込まれるように崩壊していく家庭がある。
歯車が外れた時にすぐ原因をつきとめ歯車をもとの位置にはめ込めれば事件は起こらないのだけれど、外れる前から何らかの要因があり外れべくして外れることが多い。一度外れた歯車はそのまま暴走し壁にぶつかり木っ端微塵に砕ける。
歯車が外れ<疾走>し続ける少年はブレーキをかけたくてもかからない。そんな成り行きで例えば殺人を犯してしまった場合、誰が彼を咎める事が出来ようか。

崩壊のきっかけを作った兄シュウイチと翻弄されて疾走し続けるシュウジは聖書を手放さない。聖書の言葉と平行してドロドロした悪路を疾走する苦難の道。

私もシュウジに伴走しながら大変考えさせられた本でした。

2008年02月15日

釈迦

釈迦 瀬戸内寂聴著 新潮社
仏教の祖である釈迦(世尊)・ゴータマブッタの伝記小説である。

ブッダの生涯ずっと傍らに付き添った弟子アーナンダが80歳を過ぎた世尊の最後の遊行を共に歩きながら語り部となって話が進められる。
ルンビニでの誕生から入滅の地ヴェーサーリーまでの足跡が思い出として語られるなかで釈迦のことが分かるようになっている。

私は京都で育ちながら家がクリスチャンだったので仏教について無関心で数年前まで全く無知であった。
ネパールに関わるようになってルンビニを訪れてから急に仏教についての関心が高まり、最澄→空海→法然→道元→親鸞→良寛と次々伝記を読んだ。でも肝心の仏教の祖であるお釈迦様についてよく分からなかったのでこの本を手にした。

瀬戸内晴美・寂聴さんの本はちょっと苦手でこれまであまり読んだ事がなかったのですが、「釈迦」を読んでまず文章の美しい事に驚いた。そのためだと思う。仏陀の言葉がじんわりと心に響き心が洗われるような清々しさを感じた。

釈迦の教えでは女人は魔物であり避けるべきものだということから始まる。だから女には最初出家が許されなかった。それをアーナンダの説得で釈迦入滅間近になってから女の出家が認められるようになる。
驚いた事に初代の尼僧院の院長は仏陀の養母マハーパジャーパティで2代目は仏陀が捨てた妻ヤソーダラーなのである。
瀬戸内寂聴さんは出家されて30年以上にもなられますが、仏教における女性の位置づけについて何度も考えられたに違いないと思う。

この本は単なる偉人伝ではなく、ブッダの人間性に彼を取巻く女性の生き方を巧みに絡ませて書かれ、実は現代にも通じる<女性の生き方>がテーマとなっているのではないかと思った。

2008年04月12日

流星の絆

 
流星の絆 東野圭吾著 講談社
2年程前、福岡で幼い3人の子供と両親が乗った車が飲酒運転の車に追突され海に投げ出され3人の子供が亡くなった痛ましい事件がありました。
可哀相で涙なしでは読めないニュースでした。
その後飲酒運転に対する法律が強化されご両親は赤ちゃんにも恵まれ人生の再出発への希望が少しは持たれたかもと思っています。

もし逆に3人の幼子がのこされ両親が理不尽な殺され方をした場合、子供達の将来はどんな過酷な人生が待ち構えていることでしょう。

「流星の絆」は、幼い仲の良い3人の兄妹が両親に内緒で流星を見るために夜中に家を抜け出し帰って見ると両親が殺されていたという設定で話が始まります。
施設に収容された子供達は兄は弟と妹を守り弟と妹は兄を慕いながら成長します。そして成長した3人は殺人犯を見つけ出しチームプレーよろしく復讐するミステリー小説です。

意表をつく展開でぐいぐい読者を引き込みます。若者の深層心理が分かりやすくすっきり書かれていて後味のいい小説でした。

2008年04月23日

白夜行

白夜行 東野圭吾著  集英社
またまた東野圭吾のミステリーを図書館で見つけて借りてしまった。

これも「流星の絆」と同じく2人の子供(小学6年)の復讐劇である。
この本は帯に書いてあるように<二人の周囲に見え隠れする、幾つもの恐るべき犯罪。・・・息詰まる精緻な構成と、叙事詩的スケール。心を失った人間の悲劇を描く、傑作ミステリー長編!>。
そのままずばりです。

時代は1973年から1990年。私の息子達が生まれて大学生になった頃まで。
私達のような幸せ家族の影にもこういう訳有り家族も生活していたとはその頃の私は情けないことに気付かなかった。

高度成長の始まりから終焉にかけての話でコンピューターが使われ始めたと同時に悪の先取りというか企業秘密の漏洩がからみとても面白い。
最近のミステリーにはあまり出なくなったタバコの煙をゆるがす刑事。携帯電話はまだなくもっぱら電話。

超過酷な体験を強いられた子ども達からの復讐劇なんだけれど<<許し>>という姿がないのが気になる。
それは私のように復讐にとらわれるような体験をしていない者の気楽な考えなのかもしれない。
それに許しが出てくるとミステリーの面白さも半減するだろう。

2008年05月02日

愛のひだりがわ

「愛のひだりがわ」筒井康隆著 岩波書店
日本の、否、地球の未来は暗いという思いが強くなってきています。
この本の時代背景は何年か後の荒廃しきった日本です。
荒廃の有様はとてもリアルに描かれてあります。警察は役に立たずみな生きるために自警団を作り銃で身を守るような世の中です。
ご多分に漏れず不幸を背負った小学生の愛ちゃんが母に死なれ孤児になり何年か前に母娘を捨てていった父を求めて一人で旅に出る物語です。
危険がいっぱいの旅だけれどいつも危機一髪で誰かに守られる愛ちゃん。
スリル満点、怖いけれど夢と救いのあるいいお話で感動しました。
小学生の孫にも是非読ませたいなと思ったのですが、気が付くとちゃんと漢字にカナがうってあります。
児童書だったのですね。
こういうのが大人のための童話というのでしょうか。
お勧めです。

2008年06月04日

受験のシンデレラ

「受験のシンデレラ」 和田秀樹 著 小学館文庫
主人公の卒業した学校が、ウチの近所にある全国1の東大進学校「灘校」で、映画化もされ話題になっているこの本を友だちが面白かったというので読んでみた。

主人公五十嵐は灘校から現役東大の医学部に進学したのだが医者にはならずに東大進学塾を立ち上げ「受験界のカリスマ」と呼ばれ莫大な富も名声も手にしていた。しかし親友の医師からガンで余命1年半と宣告を受ける。
そんな時高校を中退し学力もなく荒んだ生活をしている少女に偶然出会うことになり、残りの人生で彼のあらゆるテクニックを駆使して彼女を東京大学に合格させようと決心する。
そして2年。見事少女を東大合格に導き命を終える。

この本は、プロ野球選手を目指す「巨人の星」のような根性物、又は究極のゴルフ上達方法というようなハウツーものと同列のものだと思った。

この本では目指すものがプロのスポーツ選手ではなく東大合格であるのですが、目的達成の為ののめり込みようや技の取得方法はスポーツのトレーニングも受験勉強も同じなんですね。
東大を目指し進学校(塾)で勉強勉強に明け暮れるのと、プロサッカー選手を目指しスポーツ推進校とかでサッカーに明け暮れて過ごすのとなんら変わりがないんだと気付かされた。

孫にはプロの選手になるより楽しくスポーツをさせたいと思うし、東大でなくても身の丈に合った大学が良いと思うし、それは世間一般の人の考えと思うのですが、この本がベストセラーになった理由は何なんでしょうか?

目的達成の過程で学ぶべき精神的葛藤のようなものもありますが、目的が私にはあまり縁がないので役に立たない本でした。

2008年06月09日

蛙男

「蛙男」  清水義範 著  幻冬舎
清水義範さんのファンです。

彼の小説は、普段見落とされがちなもの無視されるもの不運な人のこと等に焦点をあてて、読者を驚かせ楽しませるところが面白いのです。

この「蛙男」も私にはけっして思いもつかない発想で驚かされた。
私に見えているものは他人も同じように見えているとどうやって証明できる?
自分に見えるのに他人には見えないものがあるかもしれないと思いませんか?

主人公の滝井道典はある日鏡に映った自分の顔色が悪いのに気付く。
疲れがたまったかなと放っておくうちある日自分の手が緑色になり蛙の手のように変わってしまうのに気付く。
ずっとではない。時々である。
その後その変化が体中に広がるのだけれど他人からみれば何の変化もないらしい。
それがどんどんエスカレートしていって、、、。
という話です。結末は?怖い、、。

「現実に起こりうるわ」と思わされ引き込まれるのだけれど、やっぱり現実的には起こらないだろうと「ふ~っ!」と息をつかせるすごく面白いお話です。

2008年08月01日

密やかな結晶

密やかな結晶  小川洋子著 講談社文庫
舞台は、例えばイギリスの郊外の森林や田園や古い街並みをしっとり感じさせるような、ある架空の島での出来事です。

そこの島では、秘密警察によって、ある日突然強制的に物の存在が失われ、人々の頭からもその記憶が失われて人々の頭の中はその部分が空白になっていく。
島からなくなっていくものは小鳥であったりリボンであったりバラの花であったり小さいけれど掛け替えのないものである。
失われるものは、その日の朝突然、秘密警察から島の住人に告げられ、人々はそれを家から持ち出してきて川に捨てる。秘密警察はそのものを隠している可能性のある家にどかどか土足で踏み込み家中からそれに関わるものを押収しゴミ袋にいれ持ち去る。
剥奪された人々は見る見るうちに捨てられたものの記憶を失ってしまう。
中には記憶を失わない人もいてその場合は記憶狩りの秘密警察に捕らわれどこかに連行されてしまう。
島では物がなくなる速度と作り出される速度の差が広がり島からは活気が失われてゆく。
さて結末は、、、、、?

著者は中学生の時、ゲシュタポに連行され殺されたアンネ・フランクの日記を読んで感銘を受け小説家になるきっかけになったと、どこかで読んだことがあります。

地球に生きる(存在する)ものが私欲にかられた権力でもって強制的に抹殺される恐ろしさを、著者は鎮めた口調でファンタジックに記述する。

しみじみ考えさせられる良書でした。


2008年10月01日

聖家族のランチ 

聖家族のランチ 林真理子著
怖い話だった。
「極悪で残酷なことが出来るのは、男より女である」ということを聞いたことがあるが、そうかもしれない。

主人公の佐伯ユリ子は、人より抜きん出た美人だったが、庶民の育ちにコンプレックスがあり、セレブに憧れる女であった。そのため背が低く顔も悪いがエリート銀行マンの男と結婚する。ヨーロッパの海外赴任も体験し1男1女に恵まれ良妻賢母に徹し、子供たちを東大に何人も進学するエリート校と、超お嬢様女子校に入学させ、優越感に溢れる生活をしている。そのうち海外での体験を活かし、料理を教えることを始め、料理家としても名をあげ始める。

ところが晴れやかに世界を広げはじめたユリ子に反して、夫の銀行はバブルがはじけて大変で、お坊ちゃんの息子は新興宗教にはまり、娘はありきたりの進学はつまらないと大学進学を拒否したために彼氏に捨てられる。
そんなことに全く気が付かないユリ子は、料理の本を出版してくれるスマートな編集長と不倫の間柄になる。
ある日その男が家を訪ねてきた時に、母親の不倫に気付いた息子は、カッとして男を包丁で刺し殺してしまう。

思いもかけない出来事に、この家族は仰天し、それぞれが自分と家族を守るために、このことはなかったことにしようと、殺人事件を闇に葬ることにする。

そこで決めたことは、、、?
殺人現場は、料理教室も開ける各種包丁も揃った広い台所なので、ひとまず大型冷凍庫に死体を隠すことにする。ところが手足が邪魔なので、肉きり包丁で切断することにする。
そして毎日少しずつ・・・食べることにしたのである。
ユリ子は料理人なので、香辛料を効かせた豪華な料理を毎日工夫して作る。家族そろって毎日食卓を囲む。

ああ。怖い!
ああ。気持ち悪~ぃ!
最後、どうしても頭部を料理することが出来ず、家族みんなで捨てにいく。
結末は読者の想像にまかせる終わり方で、私にとっては、当然後味悪く未消化で終る。

あまり紹介したくない本だけれど、気持ち悪さと女の怖さを知ってもらい、恐怖を分かち合いたいと思って本棚に収めました。

2008年11月02日

レイクサイド

レイクサイド 東野圭吾著
中学お受験合宿で湖畔の別荘に集まった4組の家族。

その内の一組の夫を別荘に訪ねてきた愛人が、夫が出かけた間に妻の部屋で殺される。
妻が「私が殺したのよ」と犯行を告白する。夫はすぐ警察に届けなければと言うのだが、別棟にいた子供たちに知れると、お受験に差し障るし、公になると何かと家族に不都合が生じるので、あとの3組の夫婦が完全犯罪として隠しとおすことを提案する。

どのように事件を完璧に隠蔽するのかなかなかミステリーに富んでいる。
この小説の面白いのは、登場人物の内面の描写がなく、外面的な言葉や行動からだけ読者は推理することになる。

事件の結末を、紹介出来ないけれど、殺人事件とは関係がなかったはずの子供たちも絡み、なかなか面白いものであった。

演劇化されれば面白そうと思ったら、2005年に「レイクサイド マダ-ケース」という題で映画化されたそうです。でも解説によると本に描かれたようには映像化出来なかったらしいです。

2008年11月06日

スメル男

「スメル男」 原田宗典 著
6月9日に、「蛙男」(清水義範著)という本を紹介しました。とても面白かったので、今回、書店で「スルメ男」というのを見つけ、「面白ろそ~!」と思って買い求めました。
・・・・
僕の肉体の異常は、告白しないかぎり誰にも気付かれない種類のものだ。・・
簡単に説明すると、ぼくは鼻が利かないのだ。何の匂いも感じない。嗅覚ゼロ。
・・・・・・
ふむふむ。なかなか面白い書き出しだわと、ぐんぐん読み進めました。
私も数年前アレルギー性鼻炎で、嗅覚が極端に鈍感になったことがあるので、主人公の苦しみも分かり読み進めていきました。
医者に行っても改善されません。
そうち今度は、誰もが耐えられない程の強烈な悪臭を自分が発散することが分かり、それから話が展開していくのです。
現実には起りえない、けれど起りうるなと思わせる、凄く奇抜な発想の展開でとても面白い。

ところで、、、いつまでたってもスルメが出てこない。
そして3分の2ぐらい読み進めているところで「あっ。スルメではなくスメルなんだ~!」と気付いた次第。

スルメは出てきませんが、ユーモアもあり怖~い本です。おススメです。

2008年12月01日

廃用身

廃用身  久坂部羊 著 幻冬舎
廃用身とは、医学用語で治る見込みのない部分のことを指し、例えば脳梗塞の麻痺で動かなくなった手足のことを言う。
神戸で老人ケアセンターと老人医療のクリニックを開いている医師の漆原は、温厚な人格者で老人の気持ち介護者の気持ちを大変よく理解し、何とかしてそれらの人々を苦痛から開放させてあげたいと日々心を砕いていた。
ある日彼は、心身の不自由な患者の画期的療法を思いつく。それは廃用身の切断だった。
それを聞いたクリニックのスタッフや患者は一様に驚く。しかし説得ある説明に不安ながらも切断の手術に賛成していく。
患者の同意の下、次々に手術は行われ、患者はお荷物であった不自由な手あるいは足がなくなり、動きやすくなり、苦痛や鬱からも開放され見る見るうちに元気になっていく。
ところがマスコミがかぎつけ悪魔の医師として告発され、漆原は破滅していく。

この小説は、漆原の手記と、それを出版させようとする出版者社員の矢倉との共同著という構成で書かれていて、ノンフィクションと錯覚するほど現実味があり引き込まれた。

近い将来かならず向き合わないといけなくなる少子高齢化問題。介護問題。医師の資質。メディアによる真実の歪曲。などなど実に多くの問題を身につまされながら読んだ。

デイケア施設で、老人介護に携わっておられる介護士さんほど、神経と肉体をすり減らす重労働はないだろう。給料を上げ雇用を増やすようにしてほしいと切に思った。
それ以上に、施設に入らず(入れず)自宅介護を担う家族のご苦労は、体験のない私には想像を絶することで、自分の将来を考えると暗澹とした思いにとらわれた。

2009年02月24日

悼むひと

悼む人 天童荒太著 文芸春秋社
「おくりびと」がアカデミー賞に輝いて、テレビでもその話で持ちきりです。

亡くなった人の体を清め、棺に納める仕事人納棺師を描いた映画だそうである。
私も友人が亡くなった時、葬儀の始まる前に納棺の儀式に立会ったことがあり、20代と思われる若い納棺師さんが、遺体に向き合い、荘厳で優雅な動きでことを運ぶのに驚いた体験がある。友人が丁寧に扱われよかったと思った記憶がある。
映画を観た人は、だれもが感動し、自分もこのように<おくられたい>し、愛するひとを<おくりたい>と思うそうである。

しかし、世の中、このように家族や知人に暖かく見送られる人ばかりとは限らない。
孤独死をする人、憎まれて殺されたり、闇に葬られた人々も大勢いる。
「悼む人」はそのことに気付いた1人の青年が、誰からも死を顧みられることもなく葬られた人を捜し求め、亡くなったという場所にひざまづき、その人をただ悼む、という話である。
どんな凶悪な悪人であっても、どんなに不幸を背負った人でも、一生に一度は誰かに愛され、誰かを愛した経験があるにちがいない、と青年は思う。
そんな人の死を悼みたいと思って、青年は旅を続ける。

映画「おくりびと」が華々しく話題を提供する中、「悼むひと」のことも同時に考えてみたいと思って紹介しました。


2009年03月30日

小説「聖書の女性たち」 

小説「聖書の女性たち」 木崎さとこ著 日本キリスト教団出版局
旧約聖書から新約聖書に出てくる女性たちのエピソードを、1編が原稿用紙8枚という短い小説(旧約24編・新約12編)に書かれた興味深い小説であった。

旧約聖書にまず出てくる女性は、言わずとしれたアダムのあばら骨から作られたというエヴァである。アダムを誘惑に陥らせ、神との約束を破って楽園を追われた人類の源、アダムとエヴァ。
でも、神との約束を守っていたならば、その後現在にまで延々と続く人類の歴史は存在しない。
あなたも私も存在しない。

旧約聖書では、「イスラエルの歴史に神がどう働きかけたか」という一貫したテーマがあり、それに添いながら子孫を残していく道程は、残酷ながら中々考えさせられる。
旧約の時代から男は、権力のみを求め、女は男が権力を維持するために子孫をのこす道具であった。男は道具としてしか又は欲望のはけ口としか女を扱わない者が多く思慮に欠けていた。女はそのような納得しかねる女の道をそう単純に受け入れていたわけではないのではないか。そのへんの思慮深い女性の深層心理が、とても魅力的にえがかれている。

初源の女性・エヴァ、聖母マリアと姉のエリザベト、そして圧巻はマグダラのマリアの話。
愛すべき聖書に出てくる女性達!

聖書を少しはかじったことのある方は、必読。
よくわからなかったアブラハムやバベルやサムソンなどの事情も、そうだったんか等と、納得できたりします。


2009年05月12日

おくりびと

おくりびと 百瀬しのぶ 著 小学館文庫
アカデミー賞受賞映画「おくりびと」を、素直に物語りにした本である。

映画を観た人は、みんなそろって「感動した」と言っていた。
映画を見に行く機会を逃したので本を買って読んだ。

亡くなった人を、心をこめて送る仕事師である‘納棺師’のことがテーマである。
人の生と死を考えさせるテーマとしては、以前に紹介した‘悼む人’の方が数倍も深い。

でも観た人が口をそろえて言っていた映像の美しさはイメージできて楽しんだ。
「雪化粧された田んぼ、民家の屋根、連なる山々、そして白い雲。すべてがダイヤモンドを敷き詰めたようにきらきら光っている」
そして目に浮かぶは演ずる本木雅弘と山崎努、広末涼子。

映画から起こした本は、映画を超えませんね。
この映画の元になったという「納棺夫日記」という本を読んだ方がよかったかも。

2009年05月18日

重力ピエロ

重力ピエロ  伊坂幸太郎 著
‘家族の愛は重力を超える!’
主人公は、泉水と春(どちらも英語で言えばスプリング)という兄弟です。
兄が泉水で遺伝子を研究する会社に勤めている。大学生の弟の春が、チョット神経過敏症というか訳あり性格である。
というのは、春は母親がレイプされて妊娠し産まれたという過去がある。
とても美人で素晴らしい母親は兄弟がまだ幼い時に病気で亡くなったが、やさしく理解のある父親の元で、平穏な愛に満ちた生活を過ごし成長する。
といっても、不幸な辛い過去は、家族にとって拭い去ることの出来ない事実であり、それは次男の春に影響を与えている。
性格は環境で形作られていくものなのか、又は親から伝わった遺伝子から逃れられないものなのか。
そのようなことが、一連の連続放火事件犯人を追う謎解きに乗り出す兄を通して明らかになって行く。

私のお気に入りの俳優・加瀬亨が主演で映画化されたので、映画より先に本をと思って読みました。
遺伝子の記号など結構理屈っぽいところが多々あるけれど、どのように映画化されたのか、映画を観るのが楽しみです。

5月23日封切り。それまでに新型インフルエンザはおさまっていれば良いのだけれど、、。

2009年05月20日

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ

「イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ」 トルストイ著
トルストイは19世紀を代表する作家の1人、ロシアの小説家です。徹底した反権力思想、非暴力主義者でした。
私は若いときに「アンナ・カレーニナ」「戦争と平和」など読み、暫く空白があって、子育ての時に、息子達が気に入っていた「おおきなかぶ」がトルストイの手によるものと知り驚いたことがあります。
そいてまたまた空白があって今回トルストイの「イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ」を読みました。

新型インフルエンザ騒ぎで家に軟禁状態のため、書棚から何時収めたかまったく忘れていたこの本を取り出したのです。

「イワン・イリイチの死」に書かれているのは、19世紀のロシアの1裁判官が迎えた「死」についてのお話です。
「クロイツェル・ソナタ」は結婚についての男女の愛についての話です。

国が違い、時代背景が150年も違っても、人間が生まれ死に至る道程は短く、その間に遭遇する人々の生活・恋愛・病・死で感じる喜怒哀楽には違いがありません。

さすがに歴史にのこる作家の著作だけあって、とっても面白く、私自身の生き方にも合わせられ考えさせられた本でした。

2009年06月22日

光る海

「光の海」 津村節子 著
津村節子の小説には、ひたむきにしたたかに生きる女性の姿が描かれていることが多い。
いずれにも困難を乗り越えて淡々と生きぬく女性の姿がある。
「光る海」には、そんな10の短編小説が収まっている。
どれも「死」が人生の重要な転機となっているようだ。

長年、家族のために一心に生きてきた雪江は、夫の死によって初めて自分の自由な時間を持つことが出来、74歳になって家族に気兼ねなく自分のしたい行動を起こし、<光る海>の輝きと幸せを感じ取る。

片や私は、家族のために奉仕(?)をする専業主婦であったけれど、自分の自由な時間をもち自分がしたいことをしてきたので、たとえ夫が死んでも、雪江のように<光る海>のようなきらめく光を全身に受け止め感動することは残念ながらないでしょう。
かといって<暗い海>に沈みこむことも絶対考えられないけど、、。


2009年07月07日

極北クレイマー

「極北クレイマ-」 海堂尊著
舞台は人口10万の北海道の過疎地、極北市。そこは地場産業も乏しく財政困難で、市民病院も倒産の危機に陥っている。その病院に非常勤外科医として赴任した今中良夫医師の奮闘記である。

堕落しきった極北市民病院の現状を、日本各地で起こっている市民病院の経営悪化問題、医者が避けたがる産婦人科医の問題を絡めて、今中医師は翻弄されながらも立ち向かっていく。

登場人物のキャラクターがちょっと特異な気もしたが、著者は今も現役の医者であり、以前は外科医として各地をまわり地方の医療問題に詳しいらしいので、現実にありうる問題かもと想像力がかきたてられて興味深く読んだ。

海堂尊の本は初めて読んだ。
彼の著作には1作品ごとテーマがあるけれど他の作品と内容に関連性があるらしい。そのため新作が出る度著作を渡り歩く読者が多いらしい。
私も極北病院のそれからを凄く知りたいと思うので次作を楽しみにしたいと思う。

2009年07月08日

世にも珍妙な物語集

「世にも珍妙な物語集」清水義範著
日常生活で「ちょっと変だな」とチラッと思うことはあっても、「まあ、そんなもんだろう」と深く考えず私達は生きている。
そこを清水先生は人が何気なく見過ごしてきた習慣に目をつけ、お得意のユーモアで綴った13の短編集である。どれも愉快だったけれど中でも私が気に入ったのは次の4篇です。
* 「ドーラビーラ物見遊山ツアー」・・時は縄文時代の中期。青森県三内丸山に存在した巨大集落で生活しているミミアテとウナシロのインドへの珍妙な旅日誌。
* 「トイレット・シンドローム」・・海外旅行ツアーに行ってもトイレ時間が気になって見学もそぞろになる珍妙な現象。
* 「接客セブンティーズ」・・近い将来、接待業も老人が担うようになった時の騒動。
* 「算数の呪い」・・小学校6年の息子と父親が‘つるかめ算’に取り組んでいる。息子が言う「変だよ。理屈が通ってないよ。だってさ、つるとかめがいる時に、どっちが何匹いるかって数えないで、全部で何匹いるかって数える人っている?それに足の数を数えるっていっても鶴って1本足で立っているときもあるし亀は足を全部甲羅に隠している時もあるよ」
てな調子で、算数の問題がいかに現実から離れた珍妙な問い掛けをしているかが次々と出てくる。

他の9篇も、著者独特の名古屋人的センスで意表をつき、納得させられ笑わせられました。

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