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2009年02月 アーカイブ

2009年02月01日

シズコさん

「シズコさん」 佐野洋子著 新潮社
「一度も好きじゃなかった母さんへ、ごめんなさい、ありがとう。」
母親との関係に悩んでいるすべての人へ、、、。
全国から共感の声が届いています!5万部突破。
それが、帯に書かれた、キャッチフレーズです。

カミ-ユ・クローデル(2008.11.9記載)のことを教えてくれた友人が、同時に「シズコさん」の本に触れられていたので購入しました。
私の母親はもうすでに亡くなり、私には娘がいないので、あまり興味を引かれませんでしたが、友人は、女性(娘)が生きていく上に、“母親との関係が、いかに重要な鍵を握っているか”をテーマに学究しておられて、彼女の論説も聞いてみたいので読みました。それと、私が自分の母親との関係を思いかえすのもいいかなとも思って。

「シズコさん」の娘である洋子さん(著者)は、母親からは愛情を感じられない意地悪な育てられ方をし、母親を恨み大嫌いになってしまう。
母に反発し反抗しながら成長し、結婚し子供も産み大人になって、ようやく母親の気持ちも少しは理解出来るようにはなるけれども、決して母親を好きにはなれず許すことが出来ない。
母親が老い、介護が必要になったとき、母親を介護しなくてはならないという義務感から、高額な介護センターに入居させるが、「親を捨てた」という自責の念も捨てきれなくて苦しみます。でも愛することが出来ない。
ボケ始め老醜をさらす母を冷たく見ながら、嫌悪感と戦うこと数年。ようやく母から受けた仕打ちだけではなく、母から受けた恩恵も感じるようになります。
そして、洋子さんは、母親がすっかりボケてしまたある日、突然、初めて母を愛しいと思う気持ちが忽然と沸き起こったのです。
<<私は「こころ」というものがあるなら、母さんに対してそれを麻糸でぐるぐる巻きに固く固く何十年も縛り込んでいたような気がする。その糸がバラバラにほどけて、ラクに息が出来て生き返ったような気がした。>>
「母さん。ごめんね、ありがとう」の言葉が出て、読者の私も肩から力が抜けました。

最近、親の子に対する虐待のニュースが跡をたちません。親は、子供に対して酷い仕打ちを平気でして、そのことをすぐ忘れますが、子供のほうは決してその仕打ちを忘れず許せない気持ちを持ちつづける。ということを聞いた事があります。しかしその一方で子供は、親からどんな仕打ちを受けても、親を恨みながらも、親を愛し親を見放さないそうです。

切っても切れぬ親子の縁。
私は息子達にこれまでどんな影響を与えてきたんだろうか。私が要介護になった時、それがどんな風に現れてくるのか心配になりました。

ボケてから愛されてもなあ、、、。

2009年02月24日

悼むひと

悼む人 天童荒太著 文芸春秋社
「おくりびと」がアカデミー賞に輝いて、テレビでもその話で持ちきりです。

亡くなった人の体を清め、棺に納める仕事人納棺師を描いた映画だそうである。
私も友人が亡くなった時、葬儀の始まる前に納棺の儀式に立会ったことがあり、20代と思われる若い納棺師さんが、遺体に向き合い、荘厳で優雅な動きでことを運ぶのに驚いた体験がある。友人が丁寧に扱われよかったと思った記憶がある。
映画を観た人は、だれもが感動し、自分もこのように<おくられたい>し、愛するひとを<おくりたい>と思うそうである。

しかし、世の中、このように家族や知人に暖かく見送られる人ばかりとは限らない。
孤独死をする人、憎まれて殺されたり、闇に葬られた人々も大勢いる。
「悼む人」はそのことに気付いた1人の青年が、誰からも死を顧みられることもなく葬られた人を捜し求め、亡くなったという場所にひざまづき、その人をただ悼む、という話である。
どんな凶悪な悪人であっても、どんなに不幸を背負った人でも、一生に一度は誰かに愛され、誰かを愛した経験があるにちがいない、と青年は思う。
そんな人の死を悼みたいと思って、青年は旅を続ける。

映画「おくりびと」が華々しく話題を提供する中、「悼むひと」のことも同時に考えてみたいと思って紹介しました。


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