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2008年09月03日

田口ランディのコラム集

「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」田口ランディ著 幻冬舎文庫
このコラム集は<Ⅰもう消費すら快楽じゃない彼女へ Ⅱ生きるためのジレンマ Ⅲ世界は2つある>という3つのジャンルに分けて、それぞれ8~10編からなるコラム集です。

ランディさんは、今のようにブログが大流行になるずっとずっと前から、ネットで私信を発信し、有名になった名コラムニストです。
とても文章が読みやすく、短い発信のなかにでも、とっても深い思いが潜んでいてとてもひきつけられます。

今回はそのなかで、<Ⅲ世界は2つある>の中に収められた「夜明け」を紹介したいです。

著者には、生まれながら盲目の友人がいました。<>内は原文。
<・・彼は本当にプロの盲だったよ。彼の生活は完璧で、美しかった。何一つ欠損を感じさせなかった。その物腰も、話し方も、明晰でセンスのよい青年そのもので、その動きは計算されていて、隙がなく、生きていることの緊張感に溢れていた。・・>
ある日、偉い先生から見える可能性があるから手術を勧められる。周りの者はそれが良い事だと喜び、こぞって手術を薦め、彼は迷いながら決心し手術を受けて見えるようになる。
ところが彼にとって現実の見える世界は、予想に反して醜悪で苦痛でしかなかったという。
彼は<完璧な盲人だったのに、今では不完全な健常者になった。>のである。
彼は毎日、イライラしながら過ごしていたが、夜になると暗闇の中で、ホッとするのであった。
ある夜、一晩中、堤防に座って海の音を聞いていたら、暗闇の中から、世界が少しずつ光を帯びていくのがわかった。
彼は、はじめて見えなかった時のように、心に安らぎを感じ、「ああ、見えるということは、これか。これでいいんだ」と思い始める。
<夜明けは彼の人生の象徴だ。闇に光が差す。>
彼にとって手術したことが幸せだったのか不幸だったのか分からないけれど、夜明けの光のなかに希望を見つけるにちがいないと著者は信じている。

8月9日の、私の本棚で紹介した、「生きています、15歳」の、500グラムで産まれて、未熟児網膜症で盲目になった美由紀ちゃんの話で触れたように、盲目は欠陥ではない。個性なのだから、わざわざ個性をつぶして、目が見えるように無理にするのは、必ずしも最善の道とは限らない、ということを又思いだしました。

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