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2008年08月 アーカイブ

2008年08月01日

密やかな結晶

密やかな結晶  小川洋子著 講談社文庫
舞台は、例えばイギリスの郊外の森林や田園や古い街並みをしっとり感じさせるような、ある架空の島での出来事です。

そこの島では、秘密警察によって、ある日突然強制的に物の存在が失われ、人々の頭からもその記憶が失われて人々の頭の中はその部分が空白になっていく。
島からなくなっていくものは小鳥であったりリボンであったりバラの花であったり小さいけれど掛け替えのないものである。
失われるものは、その日の朝突然、秘密警察から島の住人に告げられ、人々はそれを家から持ち出してきて川に捨てる。秘密警察はそのものを隠している可能性のある家にどかどか土足で踏み込み家中からそれに関わるものを押収しゴミ袋にいれ持ち去る。
剥奪された人々は見る見るうちに捨てられたものの記憶を失ってしまう。
中には記憶を失わない人もいてその場合は記憶狩りの秘密警察に捕らわれどこかに連行されてしまう。
島では物がなくなる速度と作り出される速度の差が広がり島からは活気が失われてゆく。
さて結末は、、、、、?

著者は中学生の時、ゲシュタポに連行され殺されたアンネ・フランクの日記を読んで感銘を受け小説家になるきっかけになったと、どこかで読んだことがあります。

地球に生きる(存在する)ものが私欲にかられた権力でもって強制的に抹殺される恐ろしさを、著者は鎮めた口調でファンタジックに記述する。

しみじみ考えさせられる良書でした。


2008年08月09日

生きています,15歳。

生きています,15歳。 井上美由紀 著 POPLAR
井上美由紀さんは、頭は卵ぐらい指はつまよう枝位の手のひらにすっぽり納まるちっちゃな赤ちゃんで生まれました。500gという超未熟児で、未熟児網膜症に罹り全盲となりました。

全盲というハンディを背負い母親と二人三脚で15年。その生き様を「母の涙」という題で弁論大会で話し、全国盲学校弁論大会で優勝するまでに成長した道のりの手記です。

美由紀さんのハンディは全盲というだけではありません。美由紀さんがお母さんのお腹にいる時結婚の約束をしていた父親が突然交通事故死をし、そのショックで母親は早産して、彼女は未婚の母に育てられたのです。
父親の両親からも母親の親からも断絶され完全に二人ボッチの出発でした。

目が見える人ばかりで形成されているこの世界で、全盲の子が生きていかねばならないのです。
母親はこの現実を「尊い娘の命を授かった」という喜びと感謝で受け止め、娘がこの世界で自立していけるように、子供自らの努力と、距離をおいた手助けだけで、自立を身に付けさせるための子育てに徹するのでした。

傍の人からみると,又娘にとっても「鬼母か、、。」と思われながら娘を新しい挑戦に挑ませ、目的を一つ一つ達成させて娘に「自分でゲット出来た喜び」を味あわせてあげながら育てるのです。

例えば、自転車に乗れるようになるための特訓。立木や看板にぶつかったりして何度も何度も転んで血だらけになりながら自転車を起こしては頑張る娘に対し、母親はベンチに座って、「はやく起きなさい。ハンドルをちゃんと持って!」と叫ぶだけなのです。娘は「なんちゅう親か。それでも母親か」と悪態をつきながら30回ぐらい試すうち、<ふっとスイスイ風を切って走っている自分>に気がつくのです。
そして親子で泣きながら抱き合い、母は「美由紀。よく頑張ったね。なんでも根性やろ。やろうと思ったらできるやろ。」と誉めます。
一つづつ自分の力で、出来ないことが出来るようになったことの喜びを身に付けさせてあげることを繰り返します。

美由紀さんの逞しさには感動するばかりですが、どちらかと言うと母親の確固とした子育てにたいする考え、と情熱が娘をここにまで育てることが出来たんだろうと思います。

全盲ということは一つの特徴・個性であり、健常者と全く変わらない<一人の普通の人間>であることを母親はしっかり認識し、全盲であるために不自由なことは工夫しながらクリアー出来る方法を自分で見つけ出せるようにする手助けをすることに徹っせられた姿には感動しました。

私たちラリグランスクラブでサポートしているネパールの全盲のマドゥさん、ルパック君、シャルミナさんと付き合っていくときに忘れてはならないことをたくさん気付かせてくれた本でした。

2008年08月19日

晩年

「晩年」 立松和平 著 人文書院
この本は、著者の周りをとりまく人達が迎えた彼岸への旅日記の短編集です。

8月16日孫達ゲストを送り出して、読書の時間をやっと取り戻し、私が紐解いた個所が題名<盂蘭盆>でした。
キリスト教者の私は、この歳になるまで故郷京都の五山の送り火を、意味も深く考えぬまま綺麗だなあと見ていたのでしたが、なんてもったいないことをしていたのかと思いました。

仏教の教えでは、人は死ぬと、この世である此岸(しがん)からあの世である彼岸(ひがん)に旅をする。といいます。
彼岸は阿弥陀如来の極楽浄土で十万億土の彼方にあるらしい。彼岸に旅立つ準備期間が49日であるらしい。

8月13日に、普段は彼岸に住んでいる亡くなった縁者が、極楽浄土から娑婆世界までの十万億の仏国土を超えて、この世にやってくる。
まだこの世にいる人はお墓に行って霊を迎え家の仏壇に導く。霊は3泊3日迎えてくれる家に留まり,又帰っていく。のだそうです。

人は死んでも極楽はなんせ遠いものだから、すっと行けるのでなくこの世で悪いことをした人は道中途中で往生出来ず苦しむ。その悪を払うのは本人、否、本霊では出来ず、この世にいる人が救ってあげなければならない。のだそうです。
先祖の霊が無事に極楽浄土に行き着いているかどうか?
仏教の本ではないので、そこまでは詳しく書かれていない。

そういえば、カトリックでも死ぬとまっすぐ天国に行くのではなく煉獄で試練を受けなければならないとも教えられていますわ。

<<・・・さんは死んだ。・・・さんは認知症になったと、私が顔を知っている近所の人について母は語っていた。普段母は一人暮らしをしているためか、おしゃべりをすると止まらない。私は黙って聞き、時々相槌を打つ。一人ずつ順番に、確実に欠けていくのがわかる。家を出ると、遠くにいってしまって帰れなくなる奥さんの話を、母はしている。世間ではその人を認知症による徘徊老人というのだが、今まさに十万億土の浄土に向かおうとしている希望に満ちた人のようにさえ思えた。>> (本文より)

著者はこの本で、<<時の流れとともに、人々は列をなして冥土へと向かう。もちろんその列に私もいつかは加わるのであるが、この世に在る間は、一人一人を惜別の念とともにていねいに見送りたいと願い、この短編集を書き始めた。>>と言っている。

この本をよんで、仏壇も持たない私は、これまでに見送った人々のことをしみじみ懐かしく思い出したのですが、送り出したあの人たちは天国から私を見守ってくれていると安心して信じていたけれど、ひょっとしてまだ煉獄にいるかもしれないと慌てて祈ったことでした。

お盆を迎えていたので、この項目を選びましたが、あとの28編は、死んでいった父親や友人の生涯を愛情深く丁寧に書かれた感動の書でした。

2008年08月26日

生かされて

「生かされて」 イマキュレー・イリバギザ著 PHP出版 
1994年4月。ルワンダで起ったフツ族ツチ族という民族間の闘争が引き起こしたジェノサイド(大量殺戮)のことを、どれだけの人が知っているのでしょう。100日間で100万人が殺されたのです。それは私の記憶に新しい6000人が亡くなった阪神大震災の1年前という最近のことです。

この本はその壮絶な戦いから生還したイマキュレー・イリバギザさんの手記です。

地震や台風などの災害による犠牲者ではありません。人間による同じ人間に対する殺戮です。原爆のように一瞬で殺されるのでもありません。耳・鼻・手足・頭を大鉈で切られレイプされ殺されるのです。昨日まで友だちだった人、昨日まで信頼しあった兵士でもない普通の人が殺人者に早変わりするのです。
ツチ族のイマキュレーさんはフツ族に捕らわれて殺されて当然という状況の中で、その3ヶ月間、奇跡的に、小さなトイレに7人の女性が折り重なって匿われ、ぎりぎりのところで開放されて生き残ったのです。
彼女の両親兄弟は外国に留学していた兄一人を除き、顔見知りであった人々も交わるフツ族の人々に全員が惨い殺され方をします。

後日イマキュレーさんが現地を訪れた時、父を殺した首謀者がイマキュレーさんの前に引きずり出されました。彼はかって立派なフツ族の実業家で、イマキュレーさんの家族もよく知っていた人です。イマキュレーさんは悲しみで胸が潰れる思いにとらわれながら、ぼろぼろになってうずくまる殺人者の手に触れ、口に出た言葉は<<「許します」>>でした。

この本は“許し”の本です。
ブログ「私の本棚」で4月23日に取り上げた「白夜行」(親が理不尽な殺され方をした子供の復讐小説)の紹介文の中で私は「許し」という言葉に触れました。

「許し」というのは、戦いにおける最高の「切り札」だと私は思います。死んで生きるための切り札です。
死んだら終わりという無宗教者や無神論者にとっては「許し」は負けになるのかもしれません。

カトリック教徒の私にとってはインパクトのある感動の書でした。
私の信仰心の薄さを、しっかり自覚させられましたが。

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